
大正時代の鳴子ホテル
玄関先には、脚絆にわらじ履き、
麦わら帽子と杖を手にした青年と少年が腰掛けています。
山歩きに向かうところでしょうか。
明治6年(1873)創業の当館が、
「高萬旅館」から「鳴子ホテル」へと改名し、
洋風の建物に改築されたのは大正時代のことでした。

当時は鉄道(陸羽東線)の開通、電気の導入、
電話の開通など、山のいで湯鳴子も
社会基盤が整い、戦前、鳴子温泉がもっとも賑わった時代です。

大正11年(1922年)に、
近代的な洋風建築が完成致しました。
因みに、帝国ホテル新館が、米国の建築家「F・L・ライト」と
その弟子「遠藤 新」によって施工したのも同じ年でした。
当、鳴子ホテルも鳴子温泉におけるホテルの先駆けでした。










